トレヴァー・ノートン『世にも奇妙な人体実験の歴史』自らを実験台にしたマッドサイエンティスト【文春文庫・あらすじ】

ノンフィクション

奇妙な話を紹介する奇譚展へようこそ。

今回ご紹介するのは、マッドサイエンティストたちの衝撃的な人体実験の歴史がまとめられた文春文庫のノンフィクション『世にも奇妙な人体実験の歴史』です。

あらすじ

性病、流行り病、放射線、毒ガス。様々な人類の脅威に立ち向かう科学者は、解明のために己の犠牲を厭わなかった。他人の体でさえ、実験道具にし、己の実験の追求に向かう暴走する科学者。彼らを止められるのは、死しかないのか。

淋病の解明のため、患者の膿を性器につける医者。モルヒネなどの大発見をしたが、中毒症状に見舞われた者。ダイナマイトの原料を舐めてしまった者。

様々なマッドサイエンティストたちの歴史。

昔の薬には科学的根拠が無かった

何事にも、初めて挑戦し、成功した者や真実に辿り着いた者がいます。

例えば、毒のある食べ物を食べて亡くなった人々のおかげで、私たちはその毒を除けて食べることができています。世界最高峰のエベレスト登頂に初めて成功したエドモント・ヒラリーとシェルパ族のジン・ノルゲイがいるからこそ、現在では多くの人が山頂に到達しています。

人類はまだ見ぬことに好奇心を抱き、そして、暴こうとします。

科学、主に医学の発展は科学者や医者のおかげですが、医学に関しては数百年も進歩がなかった時代があります。昔、薬は植物の形から連想して体の各部に効くというのが通説となっていました。男根の形をしているから精力剤、などと根拠のないものばかりで、中には毒が含まれているものさえありました。

十九世紀半ばまで医学部はなく、インチキ医者も蔓延っていました。きちんとした訓練を受けている医者の報酬は非常に高価だったので、安い価格で薬を売ってくれるインチキ医者が貧しい人たちに訳の分からない調合をした薬を与えていました。インチキ医者が「喀血に効くよ」と言いながら、患者に配った薬の中には、何の効果も得られないどころか、死に至る毒すらあったのです。

何世紀もの間、薬の安全性の検証は一般患者の体で行われていました。薬の安全な量は飲んでみないと分からなかったのです。治るか死ぬかの一か八かでした。

ドイツ人薬剤師は、なぜアヘンが体に効くのかを実験していく中で、モルヒネと名付けたものが実際に体に効いているという大発見をしました。

なんと彼は、モルヒネを与えられたネズミとイヌが死ぬのを目の前で見た上で、自ら薬を服用したのです。彼は果敢か無謀か、自分たちで安全な量を検証しました。

結果、幸運にも死ぬことはなく、中毒症状のみで済みました。彼らは慎重に検証をし、人体に効果をもたらしつつも中毒症状が出ない量を見出すことができました。

こうした実験のおかげで彼は学びを得て、アドレナリンやカフェイン、コカインなどのモルヒネと関係のある有効成分を次々に分離しました。彼は、現代においても役立つ様々な成果を成し遂げたのです。

現在ではきちんとした段階を踏まないと薬を投与できなくなっているので、なかなかこのような実験をすることができません。しかし、昔の勇気のある人たちのおかげで私たちは医学の発展の恩恵を受けているのです。

【天才医師】マッドサイエンティストの功績

十八世紀、ジョン・ハンターという天才医師がいました。

彼は現代だと法に触れるようなあらゆる実験を行っていました。その大体の実験は彼の仮説通りに進み、多くの病気の真相が明らかになっていったのです。彼は飽くなき探求心を持って、病気を様々な視点から見ていました。

当時、イギリスで大流行していた病が、淋病や梅毒などの性病でした。

ジョン・ハンターは「局所的な淋病が全身に広がって梅毒になる。つまり、淋病と梅毒は同じ病原菌である」と仮説を立てました。この仮説を立証するために、なんと彼は自分の陰部に傷をつけ、淋病の症状が出ており、梅毒の症状が出ていない患者の膿を擦りつけたのです。

その結果、彼の陰部には淋病の症状が出た後、梅毒特有のしこりができました。

「淋病の症状のみが出ている患者の膿で、梅毒の症状が出た」

ジョン・ハンターは自分の仮説が立証されたと思いました。しかし、彼には一つ見落としていたことがあったのです。それは「膿を提供した患者が淋病と梅毒の両方の病原菌をもっており、淋病のみ症状が出ている」可能性です。実際、患者は両方の病原菌を持っていました。つまり、淋病と梅毒は異なる病原菌だったのです。

結局ジョン・ハンターは、そのまま重い梅毒に罹ってしまいました。

自らを犠牲にする科学者は何を思っているのでしょう。それは、純粋なる好奇心のみなのかもしれません。自分の仮説を正しいものか否か論じるために、自らが実験台になるのです。

確かに人から聞くより、実際に体験した方が効果の程は分かりやすいでしょうが、当然のように時として命を落としかねません。

どちらにしても、今の科学があるのはマッドサイエンティストたちのおかげと言っていいでしょう。

まとめ

昔は法がなく、非人道的な人体実験も行われてきました。そういった人たちのおかげで、科学的根拠が立証され、今の科学に通じることが沢山あります。私たちの生活は、犠牲の下に成り立っているのですね。

本書では他にも様々な人体実験について紹介しています。ぜひ一度読んでみてください。

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