筒井康隆『ビアンカ・オーバースタディ』生殖の研究をする美少女【あらすじ・感想】

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奇妙な話を紹介する奇譚展へようこそ。

今回は筒井康隆『ビアンカ・オーバースタディ』のあらすじと感想を紹介します。

あらすじ

女子高校生の北町ビアンカは男子の憧れの的。しかし、その可愛らしい容姿からは想像もつかないほどの生体実験を行なっていた。

ある日彼女を崇拝している文芸部員の塩崎哲也に、ビアンカは言う。

「研究材料にあなたの精子が欲しいの」

そして始まる生殖研究、異種交配……未来人の千原信忠と共にビアンカは「人間蛙」の培養に成功する。信忠は未来で起きている事件のために、ビアンカたちの時代で研究を行なっていたのだ。

事件解決の手伝いを頼まれたビアンカは、ヤンキー美少女沼田耀子と妹のロッサ、塩崎と共に未来へ向かうが……。

【映画化も?】SF界の大御所“筒井康隆”と大人気イラストレーター“いとうのいぢ”による異色コラボ

日本SF御三家の1人で、『時をかける少女』や『パプリカ』など重厚なSF作品を作り上げてきた筒井康隆と、『涼宮ハルヒの憂鬱』の表紙や挿絵を担当した大人気イラストレーターのいとうのいぢがタッグを組んで、この『ビアンカ・オーバースタディ』が生まれました。

発売当時はライトノベル文化が盛んであり、オタクカルチャーにとって外せない要素になっていました。そんなライトノベルをSF界の重鎮である筒井康隆が描くというニュースは、ライトノベル界隈でも話題となり、注目されました。

その絶大な人気から映画化の噂もある『ビアンカ・オーバースタディ』。実は、ライトノベルの枠組みで括れるような作品ではなかったのです。

美少女に精子提供ーー倫理観を捨てて生まれた人間蛙

主人公であるビアンカは、生物研究部の部員でした。放課後1人で実験室に向かい、ウニの生殖研究を行うほど「生殖」に対して好奇心旺盛。その好奇心は、徐々に人間の方に向き始めます。

自分を密かに慕う塩崎に、ビアンカはある提案を持ちかけます。

「あの、先輩。それで、おれはあの、何を」

 おどおどと、不安と期待の混じった声で塩崎はわたしに訊ねた。

「そこへ掛けて」わたしは彼を事務用の椅子に掛けさせた。

 どう切り出していいか、わたしはちょっと悩んだ。結局、科学的に、事務的に、直截に話した方がいいと思って、わたしはゆっくりと、そしてずばり言った。「生殖の研究をしてるの。それで、研究材料にあなたの精子が欲しいの」

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

こうして塩崎はビアンカに精子を提供するようになります。

精子を観察していく内に「自分の卵子と混ぜたらどうなるか」、「他の男の精子と戦わせたらどうなるか」など、研究はどんどんエスカレートしていきます。

そして、生物研究部の先輩である信忠(通称ノブ)にも、精子提供を頼みます。

 数の少ない千原の精虫を、塩崎の精虫が取り囲むようにして攻撃しはじめていた。自分たちの同胞ではなく、あきらかに自分たちとは異質のものであるとわかるのだろうか。千原の精虫は弱よわしく、ただ攻撃されるがままになっている。その様子を、わたしと千原は代わるがわる接眼部に目をあてて観察し続けた。

「うーん」と、千原が何かに苦悩しているような溜め息をついた。

 彼は実験台に向かった椅子のひとつに腰かけ、がっくりうなだれてしまった。

「ねえ、先輩」思いきって、わたしは言ってみた。「先輩って、もしかして、未来人じゃないの」

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

まだ開発されていない器具や機械を持ち込んだり、日本にはいない筈のカエルを取ってきたりと、独自で生物の研究を行なっているノブを、ビアンカは以前から未来人だと予想していたのです。

現代人よりも弱った精子の持ち主であるノブは、確かに未来人でした。未来では、実験用に作られた巨大カマキリが人間の居住地域を襲いはじめていて、それに対抗すべく巨大カエルを作ろうとしていたのです。

その話を聞いたビアンカは、こう言い放ちます。

「このカエルの卵に、人間の精子を受精させるなんてこと、できるのかしら」

(中略)

「だって、まずふつうのカエルよりは大きくなるでしょ。それからふつうのカエルよりは頭がいいでしょ。巨大カマキリを攻撃するのには食欲だけじゃなく、戦闘能力、チームワーク、作戦遂行能力なんかも必要になってくるわ。これ、ふつうのカエルじゃ無理だと思うのよね」

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

こうして、ビアンカはノブや仲間たちと一緒に人間蛙の培養を始めるのでした。

【考察】『ビアンカ・オーバースタディ』は『涼宮ハルヒの憂鬱』のパロディ?

好奇心旺盛で実験が大好きなビアンカは、少し夢見がちなところがありました。

「わたしはずっと前、ちっちゃな頃から、宇宙人だの未来人だのが、わたしの前にあらわれてくれることを待ち望んでいたような気がするの。そしてわたしを、この退屈な、フツーの女の子の生活から、この退屈な、男の子っていったらフツーの男の子しかいない現実から、どこか超現実的な、わくわくする世界へつれて行ってくれることを乞い願っていたように思うの」

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

このセリフに既視感を覚える方もいるのではないでしょうか?

「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」で有名な『涼宮ハルヒシリーズ(谷川流著)』のヒロイン、涼宮ハルヒが放った言葉です。

これによって宇宙人、未来人、超能力者がハルヒの元へと集うのですが、今作の主人公であるビアンカの近くにも運良く未来人が潜んでいました。

また『涼宮ハルヒシリーズ』では、ハルヒが“神に近い存在”として描かれており、彼女の感情の変化によって世界もハルヒが望んだものに変わってしまいます。

ビアンカもまた“神に近い存在”として描かれています。

 ようし。こいつで受精卵を作ってやれ。

(中略)

 そう思うとわたしの鼻息は、自分でもわかるほど激しくなった。さあ。自分の手で新しい生物を生み出すのだ。なんとそれは興奮する作業だろう。と言うか、まるで神様のような、造物主になったみたいだ。万能感とでも言うべきものに、わたしは満たされた。

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

「人間と別の生物同士を掛け合わせて新しい生き物を作る」という、まるで神のような所業をビアンカは行います。

しかし、ハルヒとの違いは「自分を神と自認しているかどうか」。神のような存在だと気づいていないハルヒと、神のような存在になった気持ちのビアンカ。

『涼宮ハルヒシリーズ』のイラスト担当でもあるいとうのいぢが手掛けているのも相まって、どこか皮肉めいたものを感じます。

【考察】ラノベを読むオタクたちの末路は生殖機能低下!?

ある程度の知性を持った人間蛙を操作するために未来に呼ばれたビアンカ一行は、その荒廃しきった世界に唖然とします。

ノブ曰く「科学や技術は進歩したが、それによって経済破綻が起こり、巡り巡って世界自体が衰退した」らしいのです。科学が発展した結果、地球温暖化が進み、海面が上昇。それによって海岸に面した都市が水没し、人の住む場所が限られてしまいました。

また、発展途上国での原発の事故が多発し、放射線によって無くなった国もあるといいます。人がいなくなれば、経済や企業も衰退していきます。

そして、人間の身体自体も徐々に弱っていき、40代で呆け始め、50代で死んでしまうほど虚弱体質になっていました。

生殖機能の低下もそれに伴ったものかと思われましたが、実態は少し違っています。

「おれたち、生身の女の子を直接抱くのが、嫌いなんです。怖いし、女の子たいてい、不細工だし」統治は悲しげに言った。「不細工でなくても、整形してるし」

「そういう男って、あたしたちの時代にもいるよね」耀子も言う。「ほんとの女の子を敬遠して、アニメやラノベなんかの女の子に萌えたりしてさ」

「それにしても、せめて裸にすりゃいいのになあ」塩崎はそう言ってから、またあわてて訂正する。「あっ。そう言うとロッサちゃんに悪いけど。逆に言えば、こんな情けない奴で、ロッサちゃん、よかったんだけどね」

「こんな制服姿の方が、裸よりも萌えるんでしょう。わたしたちの時代から始まってたわよね、こう言う現象」と、わたしは言った。「イケメンなんだけど、草食性の、植物的な男。逆に、親父みたいな強い女」

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

美少女ロッサが可愛いあまり我を忘れて誘拐してしまった仲間を、理学博士の篠山統治が庇う場面です。

ノブの仲間たちは、若くイケメンでありながら、異性に対する免疫がなく、女性を抱くことすらできなくなっていたのでした。 これは現代のオタク像のようなもので、二次元を愛するが故に本物の女性を嫌悪する男が多すぎる、というメッセージなのかもしれません。

「ほんとはおれたちの時代だって、この三人の女神様みたいな美女は、アニメやラノベにしか出てこないんだけどね」そんなわたしたちと同じ物語の中で活躍できることを誇らしげに、塩崎は言った。「おれたちの時代だって、たいていは整形美人さ」

 そう。それはわたしたちの時代から始まっていたのだ。わたしは学校で、男子生徒から恋を打ち明けられたことも、ほんのちょっとしたちょっかいをかけられたことすらない。

(中略)

そんな意気地のない子の存在は、わたしたちの時代から始まっているのだった。

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」(2012)星海社

『ビアンカ・オーバースタディ』は「科学の発展」に警鐘を鳴らすSF作品であり、ライトノベルが好きなオタクを皮肉るメタフィクションでもあるのです。

 

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