安部公房『耳の値段』耳を利用する金儲けのアイディア【R62号の発明・鉛の卵】

小説

奇妙な話を紹介する奇譚展へようこそ。

今回ご紹介するのは、芥川賞作家である安部公房の短編集『R62号の発明・鉛の卵』に収録されている『耳の値段』です。

 

あらすじ

学費を滞納している法学部の大学生「目木」は、雑誌に掲載された小説の中で悪口を書かれている人・場所・会社の名前を探し出して徹底的に調査するという怪しげなアルバイトに採用された。しかし、理由も告げられぬまま留置場に放り込まれ、その職から解雇されてしまう。

留置場から開放された後、目木は同級生の「横山」とアルバイトの雇い主のもとへ行って理不尽な解雇について抗議するが、「六法全書の精神を学びなさい」と追い払われてしまう。いらつく横山に対して、どこか腑に落ちた様子の目木が企んでいたのは、「六法全書」と「横山の大きな耳」から発想した金儲けのアイディアだった。

 

六法全書で金儲けする方法

この小説には、「六法全書を応用して金儲けする方法」と称して、法の抜け穴を付こうとするグレーなビジネスが出てきます。

大学生の目木が採用されたアルバイトは、「雑誌に掲載された小説の中で悪口を書かれている人や会社の名前を探し出す」「電話帳に同じ名前があれば書き抜き、その人や会社について徹底的に調査する」という怪しげなものでした。

このアルバイトの詳細については語られていません。しかし、目木が雇い主から「六法全書で名誉棄損の項をよく勉強しておくように」言われたことから、このビジネスのシステムが想像できるでしょう。

つまり「悪口を書かれている人や会社の振りをして名誉毀損を主張」→「示談で慰謝料を請求する or 悪口を書かれている人や会社にそのことを伝えて示談の仲介をする」というところだと考えられます。雇い主らの怪しげな印象から、恐らく前者のようなシステムでしょう。

確かに、人の振りをして裁判を起こすことは極めて難しいですが、示談交渉程度であればバレずに出来なくもなさそうです。

結局、目木は謎の理由で留置場に放り込まれたせいで信頼を失い、この職も失うことになります。しかし、この職を経験したこと、そして大学の同級生である横山の「大きな耳」を見たことで、目木は自分自身で「六法全書を応用して金儲けする方法」を思い付くのです。

 

横山の大きな耳

立上った瞬間、窓から漏れた光線がぱっと彼の耳を照らした。ずいぶん大きな耳だなと思った。

安部公房『R62号の発明・鉛の卵』(1974)新潮社

目木が初めて横山に話しかけられたときの描写です。一見ただの容姿描写にも思えますが、実はこの耳が目木に「六法全書を応用して金儲けする方法」を思い付かせることになります。

横山は自分でも自分の耳の大きさを自負しているようで、以下のようなやりとりも描かれています。

「君、ずいぶん大きな耳をしているんだねえ」

「そうなんだよ」といって横山は耳をつまみ、にやりとした。

安部公房『R62号の発明・鉛の卵』(1974)新潮社

また地の文において、目木は横山の耳を以下のようにユニークな比喩で表現します。

横山はうろたえて、そのきくらげのように横にはった白い大耳を、手のひらでかくした。

安部公房『R62号の発明・鉛の卵』(1974)新潮社

 

過去作にも登場した、あの機械

目木が思い付いた「六法全書を応用して金儲けする方法」とは、実際にはどのようなものだったのでしょうか。

この手法には、ある機械を利用します。それが「簡易交通傷害保険自動販売機」です。

簡易交通傷害保険自動販売機

……十円で二万円の保険がかけられる

安部公房『R62号の発明・鉛の卵』(1974)新潮社

この機械は、駅に設置されている簡易的な保険を掛けるための自動販売機です。恐らく、駅構内で怪我をした際に、予めこの自動販売機で券を買っておけば保険金が出る、という仕組みになっています。

不具廃疾もしくは死亡の場合は、十円につき二万円の保険金が出ますが、体の一部を怪我した場合は部位によって保険金の割合が変わります。

その中でも目木が注目したのは耳、具体的には耳たぶでした。なぜなら、耳たぶは無くなっても一番不便を感じない部位であり、保険金の割合も10%と比較的高かったからです。

つまり目木は、簡易交通傷害保険自動販売機で保険を掛け、駅構内で事故のように見せかけて故意に耳を怪我し、保険金を得ようとしたのです。横山の大きな耳を見たからこそ、それに気付いたわけですね。

この手法について二人が話すときに、以下のようなやりとりがあります。

「君は安部公房という小説家を知ってるかい?」

「名前は聞いたことがあるな」

「変な、六法全書をつかって金もうけをする方法みたいな話ばかり書くやつだよ。僕はずっと前、そいつがこの機械で金をもうける話を書いたのを読んだ覚えがあったんだ」

安部公房『R62号の発明・鉛の卵』(1974)新潮社

実は、安部公房は実際に「この機械で金をもうける話」を過去に書いているのです。それが短編集「カーブの向う・ユープケッチャ」に収録されている「手段」という短編小説です。こちらについても記事を作成する予定ですのでお楽しみに。

 

耳を怪我するために……

金に目が眩んだ目木と横山は、駅の構内で自分たちの耳を怪我するために試行錯誤することになるのですが、不思議なことに全く上手くいかないのです。

階段から墜落しても、ゴムまりみたいに跳ね返るだけ。走ってきた電車に耳をこすりつけても、跳ね返されてコマのように回るだけ。ドアが閉ると同時に耳をはさんでぶら下っても、色すら変わらず、少し伸びるだけ。

電車の連結器の上の踏板にはさんでも、鉄板の跡がウエハースのようにつくだけで、傷一つできません。

そんな中、二人が最後に考えた手段は、目木が陸橋の上でよろめいたふりをして鞄からナイフを落とし、ナイフが橋の下の横山の辺りを通過すると同時に、横山が自分で隠し持っていたナイフを使って自分の耳を切り落とす、というものでした。

しかし、この最終手段の途中で、目木は留置場で世話になった巡査に見つかり、現行犯で逮捕されてしまいます。

 

【考察】成功することの難しさ

「耳の値段」では、法の抜け穴を突くようなアイディアを発想したものの、なかなか成功には至りませんでした。話の中で失敗が続いた理由は、耳が異常なまでのタフネスを発揮したからというファニーなものでしたが、実際、世の中の上手い話は予想外のことで失敗することも多いです。「耳の値段」には現実の厳しさがメッセージとして込められているのかもしれません。

 

【考察】耳の値段

耳(耳たぶ)に着目しているところも安部公房らしい視点だと思います。「無くなっても不便じゃない」、そんな体の部位があること、そこに着目したからこそ「耳の値段」は書かれたのだと思います。

 

まとめ

今回は安部公房の「耳の値段」の魅力に迫りました。安部公房らしい「リアルな非現実の描写」がありながらも、ユニークで笑える部分もある、読みやすい短編です。ぜひ一度、読んでみてください。

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