奇妙な話を紹介する奇譚展へようこそ。
今回は筒井康隆『パプリカ』のあらすじと考察を紹介します。
あらすじ
千葉敦子は日本最高峰の精神医学研究所の理事を務める美人セラピスト。そんな彼女には秘密がある。
患者の夢の中に入り、病気の根源を探っていく夢探偵「パプリカ」。それは敦子が秘密裡に治療を行うために変装した姿だった。
夢治療の最先端『PT(サイコセラピー)機器』の開発者である天才肌の時田浩作と共に成果を上げていた2人だったが、それをよく思わない研究職員小山内守雄、副理事長の乾清次郎の手によって、敦子の周りの人間が精神病に“感染”していく……。
美人セラピストの裏の顔――夢探偵「パプリカ」
敦子は研究所の理事長である島虎太郎から、依頼を受けてパプリカを出動させます。
患者は政治家や警察幹部など、お偉いさんばかり。精神的に参っているとバレてしまえば一気に失脚してしまうかも……という危うい立場で、表立って精神治療を受けられない人たちです。
とある自動車メーカーの重役である野勢龍夫は、不安神経症を発病しており、いつ発作を起こるか分からないまま生活していました。そんな折、大学時代の旧友でもある島からパプリカを紹介されます。
最初は乗り気ではなかった能勢も可愛らしくも知的な雰囲気を持つパプリカに信頼を寄せるようになり、治療を開始します。
夢というものは荒唐無稽であり、掴みどころのないイメージがありますが、パプリカはそれをPT機器を使って丁寧に分析し、患者の病気の根幹を探っていきます。
「今のはたいへん短い夢だったが、あんなもの分析して何かわかるのかな」能勢はゆっくりと服を着た。
「もちろん。今の時間に見る夢はだいたい短いんだけど、情報が凝縮しているわ。芸術的短篇映画ってところかな。朝がた見るのは一時間ほどもある娯楽的な長篇特作映画」
筒井康隆著『パプリカ』(2002)新潮文庫
その言葉の通り、能勢は冒険映画のワンシーンのような場面を何度か見ます。しかし短編映画さながらあっという間に場面が切り替わり、2人は昔住んでいた田舎のたばこ屋の裏にいました。そこでいじめられている親友を見て、能勢は飛び起きます。
「そうだ。虎竹は死んだんだ。殺したのは、ぼくだ」
筒井康隆著『パプリカ』(2002)新潮文庫
能勢は自分の後輩が同僚や上司から好かれていないことを知っており、その上で後輩を別の部署に行かせるよう誘導させたことを悔いていました。それを無意識下で「いじめ」と結びつけ、心の奥底に閉まっていたはずのトラウマが呼び起こされたのです。
それが今になって顔を覗かせたことで、能勢は不安神経症になっていたのでした。
しかし、現実の虎竹は生きていました。「自分がいじめられるのが嫌で、親友である虎竹をいじめっ子に渡してしまった」という後悔から「自分が殺してしまった」と錯覚し、そう思い込んだまま何十年も勘違いしていたのです。
夢はそんな記憶の欠片までをも拾い上げ、映画のようにストーリーを組み立てます。パプリカはその世界から問題解決に至る欠片を患者と共に探し、治療を行うのです。
『DCミニ』を巡って錯綜する思惑、夢の中での対決
パプリカが暗躍する一方、研究所では不穏なことが次々と起こっていました。
PT機器を使用した敦子の助手たちが分裂病(現在は統合失調症と改名されている病気)にかかってしまい、その責任を問われた島・時田・敦子は研究所から追い出されてしまいます。
しかしそれは手柄を横取りし、理事長の座につきたい乾の策略でした。愛弟子である小山内に指示を送り、分裂病の患者の夢を敦子の助手たちに少しずつ送り込んでいたのです。そして、時田の助手を手懐け、頭に取り付けるだけで他人の夢の中に入ることができる新しい装置『DC(ダイダロスコレクター)ミニ』を盗ませます。
DCミニにはアクセス制御がついておらず、DCミニを使った人間の夢の中を自由に行き来することが可能でした。それを悪用し、ついには島と時田にも分裂病患者の夢を植え付けられてしまいます。
それを知った敦子は激怒。能勢とパプリカに治療してもらった警視監の粉川と共に、DCミニを奪還しようとします。
危険を感じ、パプリカは大きく笑って逆襲に出た。「パプリカだよ。若いから無茶するぞ」
えっ、と、小山内は今聞いたパプリカのことばから衝撃を分析する。自分はなぜ驚いたのか。危険だから。その通り。なぜ危険なのだ。この女の自信。それにアクセスは双方向からのようだ。まさか。DCミニをつけているのでは。
「DCミニは全部あなたが持っているんでしょう」 しかし、やはりDCミニをつけている小山内にパプリカの思考は読まれてしまったようだ。コレクターだけで一方的に観察するとのはわけが違う、DCミニに慣れぬままの対決だった。
筒井康隆著『パプリカ』(2002)新潮文庫
他人の夢に入っていくと、相手の思考が読み取れるようになります。それは向こうも同じ。頭に浮かんでしまったら相手の思う壺です。夢での戦いは頭脳戦ではなく、思考戦になっていきます。
果たして、敦子たちは乾一派に打ち勝つことはできるのでしょうか。
【考察】夢か?現実か?『DCミニ』がもたらした悪夢のような副作用
しかし、万能に思われたDCミニには副作用がありました。
DCミニを使いすぎると、着けていなくても他人の夢の中に勝手に入り込んでしまいます。重度の分裂病患者の夢を植え付けられた者たちの夢も入ってくるので、敦子や乾たちもそれに苦しむようになります。
そして深く眠りに入ってしまうと、境目が曖昧になり、夢と現実がリンクし始めるようになります。
夢での戦いの最中、現実世界では能勢と粉川が乾側の企みを暴こうと奔走していました。
時田の研究費を勝手にカサ増しし、その罪をなすりつけようとしていた事務局長の葛城は、自分の研究所でその証拠を抑えられ、助けを求めようと乾に電話を掛けます。
そこへ怯えきった警備員が飛び込んできました。
「どんな鳥だ」能勢は訊ねた。
それをことばで報告しなければならないと知り、警備員は混乱の極に達して泣き顔をした。「胴体がけもので」細い声でそう言ってから、彼はやけくそのような大声をはりあげた。「口から火を吐きましたあ」
(中略)
「今のは、な、何」部屋を出て行こうとする粉川と能勢に、震えながら葛城が訊ねた。
「あなた、呼んだんでしょう。おそらく副理事長が来たんですよ」能勢はそう応じて粉川の後から廊下に出た。
筒井康隆著『パプリカ』(2002)新潮文庫
夢の中で悪魔の「アモン神」と化した乾が、現実世界でもそのままの姿で現れたのです。
これを皮切りに、現実世界へ乾が生み出した悪魔や分裂病患者の夢が現れ始め、関係のない人々を傷つけ、殺害し、建物などを破壊していきます。
夢のせいで地獄と化した世界。
それは私たちの現実でも起こり得るかもしれません。
「夢で見たことが実際に起きる」という事例は多少なりとも存在しています。いわゆる正夢と呼ばれるものですが、もし『パプリカ』のように科学技術が発展し、夢の世界を掘り下げることができるようになったら……。
夢が現実に侵食する、そんな“悪夢”が実現するかもしれませんね。
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