芦花公園『異端の祝祭』忍び寄る異端者と謎の儀式【考察・感想】

小説

奇妙な話を紹介する奇譚展へようこそ。

今回は芦花公園『異端の祝祭』の考察と感想を紹介します。

あらすじ

何をやっても失敗ばかりの島本笑美は、物心ついたときから生きている人間とそうでないものの区別がつかない。就職活動にも苦労するなかで、大手食品会社・モリヤ食品の面接で社長と呼ばれるヤンという青年に一目で気に入られ内定を得る。

期待に胸を膨らませながら会社の研修所に向かった笑美だったが、そこで目にしたのは「ケエエコオオ」と奇声をあげて這いまわる人々の姿だった。その後消息を絶った笑美の身に一体何が起きたのか、そして謎の青年ヤンの正体とは。想像を超える展開が待ち受ける異端の怪奇小説。

生きている人間以外の何かと共存する世界

本作の主要人物である笑美には、生まれながらにして「生きている人間以外の何か」が見えてしまいます。笑美曰く、中には異形のものもいるが、ほとんどは普通の人間と同じような見た目をしているといいます。

ひどく会話に飢えているそれらは、自分を認識できている笑美にものすごい勢いで話しかけてきます。常にそんな存在につきまとわれているうえに、そんな理不尽な状況を誰にも理解してもらえない笑美は半ば人生を諦めてしまっています。

そんな笑美に転機が訪れたのが、大手食品会社・モリヤ食品の就職面接でした。

その日も「パンケーキ食べさせてパンケーキ食べさせて」と連呼しながらつきまとってくる黒髪の女に怯えながら面接に向かいますが、面接の場では今度はこれまでに見たことのないような恐ろしいバケモノ(眼窩が空洞で異様に大きく顔の半分以上を占め、玩具のような雑なつくりの手足がその顔の下にぶら下がった異様な女)を目にします。

あまりに不気味な存在に驚愕する笑美でしたが、その様子を見ていたヤンと呼ばれる社長が笑美のことをなぜかいたく気に入り、念願の大企業への入社が決まるのです。

虚構と現実が入り混じったストーリーもさることながら、冒頭数ページで出現する「パンケーキ女」と「巨大眼窩女」のインパクトでこの異様な世界観に一気に飲み込まれてしまいます。

不気味すぎる謎の儀式

ヤンに気に入られてモリヤ食品の研修所に向かった笑美ですが、そこでまた異常な体験をすることになります。ヤンから与えられた作業はただひたすら泥をこねて鳥を作るという意味不明なものでした。腑に落ちないながらも笑美はヤンの優しい指導に従って鳥を作り続けます。

次にヤンからすすめられたのは謎の儀式への参加です。その儀式では嗅いだことの無いような悪臭のする男女がどこからともなく現れ、突然大声で「ケエエエコオオオオ」と叫ぶのです。四つん這いになりながら叫び続ける彼らの周りでは、白い作業着を着た人々が何時間もかけて丸太で巨大な塔を組み立てるのです。

怪しさ満載の儀式を目の前にして、モリヤ食品とヤンがまともではないと何となくは気付くものの、笑美は自分を慕ってくれるヤンと一緒にいることにこの上ない幸せを感じ、どこまでもヤンについていこうと決心してしまいます。

誰がどう見ても異常な状況ですが、不幸を絵に書いたような人生を歩んできた笑美にとっては、ヤンの存在がすでに代わりのきかないものになってしまっていたのです。

忍び寄る異端者の恐怖

その後、笑美が消息を絶ったことをきっかけに、物語はさらに謎と勢いを増して展開していきます。

ある日、心霊案件専門の相談所を経営する佐々木るみと青山幸喜のもとに、「妹の笑美から連絡がない」との相談が舞い込みます。

笑美の兄である島本陽太は、行方不明となった妹を探すため、モリヤ食品の研修所に泊まり込みのバイトとして潜入し、そこで恐ろしい体験をしたというのです。陽太はひたすら蛙や兎の解体をする仕事を強制させられたり、建物の外で蛙の鳴き声を出しながら宴会をしている人々に遭遇したり、最後はヤンに殺されかけ、死ぬ思いで逃げ出してきたというのです。

宴会というだけあって、テーブルの上にいくつも料理が置いてあり、周りは飾り付けられていましたが、誰も手をつけていないし、全く楽しそうでもありません。ただ、なんの色もない顔でケエコケエコと鳴いているのです。

芦花公園著『異端の祝祭』(2021)角川ホラー文庫

るみと青山はこの案件にとてつもなく危険な匂いを感じ、本格的な調査を開始しますが、調査を進めるうちに、ヤンの手によって多くの人々が洗脳されたり、次々と行方不明になっている事実が明らかになっていきます。

笑美を救い出し、事件の真相を明らかにするために、るみと青山は何度も恐ろしい目に遭いながら、想像を絶する力を持ったヤンとの熾烈な戦いに挑んでいくことになるのです。

【考察】「異端」とは何か?

本作は単純にホラーやファンタジーという枠でくくれる作品ではありません。本作の「死んだ人間が見える」という設定は、メインテーマを引き立てるための材料の一つでしかなく、そのメインテーマこそが「異端」なのです。

「異端」とは、宗教団体の中で教義上の重大な異説を唱え、正統派から逸脱した信仰を行うことなどを言います。作中に登場するヤンも幼い頃からとある異端宗教を信仰し、神がかり的な力で周囲の人間を支配下においてきました。

異端宗教だけに、信仰の仕方や儀式も普通の人間から見れば異様に映ります。笑美も最初から全てを受け入れたわけではありませんでしたが、周囲から理解されずに苦しんできた彼女にとって、ヤンこそが自分の存在を認めてくれる唯一の居場所に感じたのです。

我々の社会では信仰の自由が認められていますし、宗教に限らず信じるものは人それぞれです。しかし一方で、ある種の信仰には、自分たちの信じるもののためには他者を傷つけることもいとわない危険性や残虐性があるのも歴史的な事実です。

1990年代に日本で史上最悪のテロ事件を起こしたかの有名な宗教団体も、巧みな洗脳によって多くの若者たちを信者に取り込み、一般人に対して非人道的な所業を行っていたことが知られています。本書の中で登場する謎の儀式にも、実は恐ろしい裏の目的があったことが後に明るみになります。

ただでさえ孤独を感じることや未来に不安を感じることの多い現代社会では、「異端」の存在たちは、私たちのもとへ優しく甘い言葉でそっと近づいてくるかもしれません。そんな存在にいち早く気づけるようになるために、常日頃から「異端」小説を読んでおくのも一つの自己防衛になるのかもしれません。

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